新作『ゴジラ-0.0』に想いを馳せつつゴジラ-1.0を小説版で復習する-山崎貴『小説版 ゴジラ-1.0』
Google Adseneseとの闘いの最中に読んでいた本、3冊目にして最後は山崎貴 著「小説版 ゴジラ-1.0」だ。もはや書く必要もないかもしれないが、この本も1、2冊目と同じく長男が学校の図書館から借りてきたものである。
1・2冊目既見の映画をあらためて文章で楽しむ-本にしかできないコト-新海誠『すずめの戸締り』
「ジブリの教科書」を通して味わう魔女の宅急便の魅力
「すずめの戸締り」と同じく、先に映像を見ているコンテンツを後から文字で読むという体験。だがその印象はすずめとは似て非なるものだった。
普段なら手にしない本を読むという貴重な経験
この3冊について共通しているのは、これらはいずれも自分自身では恐らく手にしなかったであろう本だということ。
新しい本を買う、または借りる際、自分としては一つのジャンルに凝り固まらず出来るだけいろいろな本に触れたいと思っている。なので過度に選り好みしないように注意しているつもりでも、やはり無意識のうちに自分の好きな領域にある本へと手が伸びてしまうもの。今回の3冊を通して普段とは違う本の世界に触れられたことは、それだけで本当に貴重な経験だった。ありがとう長男!
映画の復習に最適 淡白だが読みやすくて想像力をかきたてられる文章
これも「すずめの戸締り」同様、物語のプロットについては映画と全く同じだ。いや、映画を見てから時間が経っているので自信をもって言えない部分もあるが、少なくとも大筋は全く同じだと言っていいと思う。
しかしその印象は全くの別物であった。このことは、間違いなくこの文章を書いた人が撮った映画だなと思えた「すずめの戸締り」と大きく異なる点だろう。
例えば敷島が大戸島で初めてゴジラに出会うくだり。彼のこの後の人生を決定づける大事な場面で、冒頭のあいさつ代わりに一発ガツンと喰らわされるような大迫力のシーンである。映画館の隣の椅子に座っていた当時まだ小学校低学年だった次男が、あまりの衝撃に目が点になってしまっているのを見て思わず心配になってしまったものだ。
しかし監督本人がそのシーンを文章化すると以下のようになる。激しい言葉が使われてはいるが描写はどこか淡々として…ト書きのようなテイストとでも言おうか、すごく軽いタッチで読み進められてしまうんだな。
「橘さん、だいじょう……」
その声がくぐもった悲鳴に変わると、その若年兵は空中に舞い上がるように引き上げられた。
呉爾羅の顎に捕らえられ、放り投げられたのだ。
必死に短小銃を撃つ兵士達を呉爾羅は踏み潰し、噛みつき投げ飛ばし、尻尾で叩き潰し、みるみるうちに生きている兵士はわずかになってしまった。
指揮所に逃げ込んだ数名も、呉爾羅の尾によって、指揮所ごと破壊された。-集英社オレンジ文庫 小説版 ゴジラ-1.0
「呉爾羅」はゴジラの漢字名だ。繰り返しになるが映画では凄まじいシーンで、それにしては淡白な描写なのが映画未視聴の方でもおわかりいただけるのではなかろうか。シンプルがゆえに想像力がかきたてられる。
これはこの本全編に共通した印象で、もちろん必要十分な要素は描かれているし、なにより映画の印象があるので決して物足りないということではない。ただただ読みやすくて、結局映像で見るのと同じぐらいの2時間程度で終わりまで読んでしまった。
映画⇒小説版⇒映画(再)がベタールートか
そんなわけで物語を追体験するにはもってこいの本だと思う。
なにより文字情報として書かれることで、各キャラクターの心情をより深く味わうことができるのは小説版のいいところだろう。特に主人公の敷島については、上に引用した冒頭のシーンでは映画以上に弱く、情けなく見えたし、だからこそ後半に向けての怒りも映画でのそれ以上に強く感じることができた。
まず映画を見て、小説版で復習をして、その上でもう一度映画を見る。これがゴジラ-1.0を楽しむ一番の方法なのかもしれない。
続編『ゴジラ-0.0』(ゴジラ マイナスゼロ)が楽しみすぎるマチダ
話は変わるが、何を隠そうわたくしマチダは生粋のゴジラ・フリークなのだ。
マチダの好きなものこのウェブサイトって?
84ゴジラのあとに続く平成シリーズを経て、ミレニアムシリーズの終了とともに国内シリーズが休止に追い込まれてしまう。その後ひさびさに話題となったハリウッド版ゴジラは確かに大迫力の傑作だったが、わたしとしてはそれが日本発でないことにどこか寂しさも感じていたものだ。だからこそシン・ゴジラでは「見よ!これが日本のゴジラだ!」と叫びたくなるほど興奮したし、映画館には3回も足を運んだ。恐らく多くのゴジラファンが同じ気持ちであったろうと勝手に推測している。
その後に続く形で製作されたのがゴジラ-1.0なのだから、山崎監督にかかったであろうプレッシャーは推して知るべしだ。ご存じの通り氏はその期待を軽々とクリアし、ゴジラ-1.0はシン・ゴジラに続く名作となった。
さて、続編だ。
公開予定日は今年2026年の11月3日。わたしはどんなモノがきても絶対に楽しむ自信がある。大好きなゴジラの映画だし、なにより基本的にコンテンツに対して悪い見方をしない主義だからだ。それでも文句が言いたい時は記事にしないし、もちろんSNSにも発信しないで友人と飲み屋で話す。
でもできるなら、だれが見ても楽しめる名作になっていたらいいなとは思う。めっちゃ難しいだろうけど…だってシン・ゴジラを経て、ゴジラ-1.0を経ての続編よ!?こんなブルジュ・ハリファより高いんじゃないかというハードルに挑んでいる山崎監督を心から尊敬しているし、どんな形になろうともきっと良い映画になるはずだと信じている。…う~ん、楽しみすぎるぞ!