マチダの生活

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ハドリーとの愛しい日々、華麗なる交友録、そして何でも入るポケット。-ヘミングウェイ『移動祝祭日』

 わたしの大好きな作家であるアーネスト・ヘミングウェイの遺作「移動祝祭日」は、彼の輝かしいパリ生活を綴ったメモワールだ。時は1920年代。当時まだ20代前半の駆け出し作家であった彼の、カフェにこもって執筆に没頭する日々や、芸術界を牽引するクリエイターたちと交流を重ねる様子などが瑞々しい筆致で描かれている。

 そして何より印象深いのは最初の妻ハドリーとの生活だろう。

 結局は彼の浮気が元で離婚してしまうわけだが、晩年にその時代を振り返って書かれた本著には非常に愛情深く、また敬意を持ってその人物像が描かれている。もう戻らない彼女との生活を慈しむ様は、まるで宝箱の蓋を開けて眺める少年のようで、なんだか胸が詰まるような思いで読み終えた。同氏にとってあの頃のパリとはつまり、ハドリーそのものだったのではなかろうか。

ヘミングウェイの豊かなパリ生活に想いを馳せて

 以上がこの本のおおまかな内容だ。ヘミングウェイのこうした自伝のような、もっと端的に言って「物語以外の本」を読むのは初めてで、その人となりを今まで以上に身近に感じることができる一冊だったように思う。

 わたしが読んだ新潮文庫版には、高見浩さんの非常にわかりやすい解説があとがきとして付則しており、内容についての補足という意味ではそれ以上のものは無いように思える。なので、わたしはわたしの感想を書いてみようかなと。

何でもポケットに入れる男、それがヘミングウェイ。

 始めにそれを読んだのは短編「拳闘家」でだったと覚えている。

 あらすじは読んでもらえばいいとして、とにかくニックは手の中にハムサンドイッチを握っていたことに気がつき、それを当たり前のようにポケットに入れるのだ。美味しい脂がパンに滲むようしっかりと火を通したハムが挟まったサンドイッチを、ね。それ入れる!?それ普通そのままポケットに入れちゃう??

 呆れている諸君の「えぇ…そんなこと…?」という声が聞こえてきそうだがそんなことなんだよなこれが。これが、これこそがわたしの感想なのです!(スッキリ

 続けよう。短編「心が二つある大きな川」ではキャンプをした翌日、朝食を済ませ、昼食用として作ったそば粉のケーキとサンドイッチをやはりそれぞれポケットに入れる。この時は「油紙にくるんで」との記述があるのでなんだか騙されたように安心してしまうがよく考えて欲しい。それってマクドナルドのハンバーガーをそのままポケットに突っ込むのと一緒のノリじゃない?マジなのぉぉぉ??

 もちろんこういった描写は他の作品にも頻繁に登場し、ヘミングウェイ作品に登場する主人公の多くはそれがどんな物であれ躊躇せずポケットに入れてしまう癖があるわけだが、この移動祝祭日ではどうだろう。

 その日の仕事が完全に終わると、ノートや紙を引出しにしまって、食べ残しのオレンジはポケットに入れる。オレンジを部屋に置き放しにすると、夜のあいだに凍ってしまうからだ。

– ヘミングウェイ「移動祝祭日」

 入ったぁーーーー!!!ゴォーーーーーール!!!!!!

 オレンジはさすがに何かに包むんだよね?ね?だってそのまま入れたら流石にベチョベチョになっちゃうでしょ?頼むから「何かに包んだ上で」ポケットに入れたということを省略しただけであって欲しい頼むから。

 ちなみに幸運のおまじないとしてトチの実とウサギの足(もちろん生)も右のポケットに入れて持ち歩いている。

 ウサギの足の表皮はずっと前に擦り切れており、骨と腱も長年のあいだにすっかりこすれてなめらかになっていた。足の爪がポケットの内張りに引っかかると、まだ幸運の女神がついているぞ、とわかるのだ。

– ヘミングウェイ「移動祝祭日」

 そりゃそうだ。自分がするから自分の書く物語の主人公もするのである。ある時はジャムを挟んだケーキが、そしてまたある時はサンドイッチやオレンジが、さらにはウサギの足(生)までもが入っている。それがヘミングウェイのポケットなのだ。

 少し真面目に書くならきっとそういう時代だったのだろう。ヘミングウェイのようなタフ・アウトドア野郎の多くは食べ物をポケットに入れて持ち歩いたに違いない。もしかするとそうでない人も。こうした時代性の違いをリアルに感じられるのも古い本の魅力だと思っている。

好きなアーティストと好きなアーティストはたぶん知り合い

 なぞなぞのようなタイトルになってしまったが、つまりはこういうことだ。全く別ルートで好きだったキリンジが、また全く別ルートで好きだった坂本真綾のトリビュートアルバムに参加する。そしてまた全く別ルートで好きにだったバンアパ原さんが坂本真綾に曲を提供する。そしてこれらアーティストの一部は大好きな冨田恵一を通して大好きな椎名林檎ともつながっていき…といった具合。こういうのって完全な他人事なのになんだか嬉しいものだよね。

 わたしが好きになるアーティストには当然わたしが好きになるだけの「何か」がある。不意に真逆のモノに惹かれることもあれど、多くの場合彼らは共通した「何か」を内包しており、ということはその彼ら同士にも親和性があるということにはならないだろうか。上に書いたような経験は実際誰にでもあるはずなので「好きなアーティストと好きなアーティストはたぶん知り合い」というのは遠くない真実だと思う。

 それでもヘミングウェイがフィッツジェラルドと友人関係だったというのには驚いた。なぜならわたしはフィッツジェラルドも超絶大好きだから。

 数々の短編を始め、押しも押されもせぬ名著「グレートギャッツビー」は何度読み返したかわからない。人間性が深く描かれた登場人物たちはどれも魅力的だし、人生の機微をその繊細な感性で捉えた物語にはどれも感銘を受けた。で、さらにドストエフスキーも評価してるんでしょ。100年遡っても結局はこのパターンなのかと思わず唸ってしまったよ。

わたしが好きな作家とかこのウェブサイトって?

 フィッツジェラルドについてヘミングウェイがだいぶ踏み込んだ表現をしているところを見ると、お互いただ仲が良いということでは決してなく、尊敬、嫉妬、軽蔑、愛情、その他悲喜こもごもが入り混じった深い関係であったことが伺える。やはり共通した「何か」を内包していたんだろうねぇ。

 アル中気味だったフィッツジェラルドが酒に酔っておかしくなり、病気でもないのに大げさに寝込んでしまうシーンには笑った。彼も、ヘミングウェイも、わたしと同じ生きた人間だったのである。当たり前だけどね。

読んでみたい本の宝庫

 パリ修業時代の交友録でもあるこの本には、フィッツジェラルド以外にも、ヘミングウェイと関係があった数々の作家や画家が登場する。特に作家の方は気になる著書の情報がたくさん掲載されていたので、わたしのメモ代わりとして最後に付則させてもらおう。

ガートルード・スタイン

 パリで活躍したアメリカの作家・詩人・美術収集家。ピカソやマティスなどの才能をいち早く見抜き、彼らの絵が飾られたスタジオにはヘミングウェイも一時期足しげく通った。

 代表作は『三人の女』『アリス・B・トクラスの自伝』『世界はまるい』『みんなの自伝』『アメリカ人の成り立ち』『やさしいボタン』など。

マリー・ベロック・ローンズ

 イギリスの小説家で、彼女が書いた『下宿人』という本をガートルード・スタインがヘミングウェイに勧め、彼の気に入るところとなった。

ジェイムズ・ジョイス

 ミス・スタインの前でジョイスの話なんかを出すともう彼女の家に招待してもらえなくなってしまうらしい。なんでもそれはある将軍の前で違う将軍を称賛する行為と等しいらしく、例外としてその将軍が過去に叩き潰した将軍のことであればいいと書かれていることから、スタインにとってジョイスは「過去に叩き潰したことの無い将軍」だったのだろう。

 代表作は『ユリシーズ』『タブリン市民』『若き芸術家の肖像』『フィネガンズ・ウェイク』など

エズラ・パウンド

 才能のあるとても良い人として登場するエズラ・パウンドはアイダホ州生まれの詩人。面倒見がよく様々なクリエイターから好かれる中で、当のヘミングウェイもこの時期とてもお世話になっていたようだ。その恩を忘れず後年エズラが窮地に陥った時には経済的な援助を惜しまなかった。

 代表作は『消え果てた光に向かって』『ヒュー・セルウィン・モーバリー』『詩篇』など。

T・Sエリオット

 「『荒地』を刊行」という一節を引っ提げて本文・注釈ともに度々登場するT・Sエリオットなる人物。

 「ロンドンの銀行に勤務しており、詩人として活動するだけの十分な時間が取れずに行き詰っていたのが、彼にダイアル賞をもたらした『荒地』の刊行をきっかけに後援者に恵まれて窮状を脱したらしい」ということがエズラ・パウンドとベル・エスプリ章に書かれている。荒地、どんな本なんだろう。

カレン・フォン・ブリクセン・フィネッケ

 「彼の最初の細君は、とても素晴らしい文章を書く人だった」わたしは言った。「彼女がアフリカについて書いた本は、わたしが読んだ中でも最上のものだったな。」

– ヘミングウェイ「移動祝祭日」

 彼女がイサーク・ディーネセンのペンネームで執筆した『アフリカの日々』を評したヘミングウェイの言葉だが、彼にここまで言わせた本をぜひ読んでみたい。好きな人の好きな人はきっと好きな人だろうから。

 他にもあるが一先ずはこの辺で。本命はもちろん最後にリストアップした『アフリカの日々』だ。

 読みたい本がたくさんあってとても時間が足りないぞ。

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