『恩は自分より下のものに返せ』と言われた日
10年前にわたしが作った防音室は、当時DIY初心者であったわたしが、自分自身で考案したものだということは記事に書いた通りだ。
頭でぼんやりと計画を練って、必要になりそうなものをゴチャゴチャと買い込んできた時のワクワク。ホームセンターで色々な木材を手に取ってみながら、他の材よりひときわ安価で、しかもちゃんと重量のあるMDFボードに出会った時のよろこび。もちろんマットレスのウレタンもね。それらを実際組み上げようとして、なかなか思い通りにいかないもどかしさ。そして完成した時の何とも言えない充実感。
10年ぶりに記事をブラッシュアップすると決めて、改めて自分の記事を読んでみると、当時感じていたことをありありと思いだしてなんだかタイムスリップしたような気持ちになった。
ブラッシュアップする理由全ての世界を一つの魂に。「∀計画」始動!【ウサギ屋本店 編】
扉を接地させる案も最後まで悩んだのよ。普通は少し浮いてるでしょ?扉って。
しかし自分ができる範囲という前提で、「20kgの扉を浮かせて固定する」というビジョンが全く見えず、ならば地面に付けるしか無かろうと。そんな工作をした防音室は当時のネット上に一つも例がなく、結果どんな不便が生まれるのか全く予想できないまま作り上げたのであった。しかしどうだい、10年経った今でも普通に使えているんだから不思議なものじゃないか。
今回は、そんな防音室にまつわるエピソードの一つをご紹介しようと思う。
それは『コーキング』についてのものだ。
カッコイイ男の、カッコイイ生き方。
それはまだ、マチダがお酒の飲める歳になった頃のこと。
当時仲良くしていた友人の、お姉さんが彼氏を連れて友人宅に帰省した。わたしはちょうどその夜に泊まりがけで遊びにいっていたわけだね。
お姉さんとはそれなりに仲が良かったのだが彼氏さんはこの日が初対面で、確かわたしより2つ3つ年上だったかな。話の流れで、お姉さんカップルを交えた四人で宅飲みをするはこびとなり、こたつテーブルの上におつまみやビールの缶をひろげながら楽しい時間を過ごしたのである。

そしてお酒もだいぶ進んだ頃、ほろ酔い顔でお姉さんが言うには、その彼氏さんは地元で名うてのヤンキーなのだというではないか。…確かに眼光は鋭いような。気が強そうに見えなくもない。でも体は細くて、コンパクトで、話していても優しくて。とてもそんな風に見えないんだけど…本当かしら?
アウトレイジじゃないんだから
話はこうだ。
一年前、地元名古屋から長野に遊びに来ていた彼氏さんは、スノーボード滑走中に転倒、大ケガをして病院に運ばれた。そしてその病院に勤めていたのが看護師をしていたお姉さんだ。入院中に二人は出会い、やがて恋に落ち、めでたく恋人同士になったというわけ。その時点では彼氏さんがヤンキーであるということはお姉さんも知らなかったらしいんだな。
付き合うようになって初めて、一緒に名古屋の地を訪れた時のこと。
名古屋駅で電車をおりると、ホームに大量のワルたちがいたらしいんだ。お姉さんは当然「名古屋って怖いところだなぁ」なんてオロオロしながら、二人が歩きすぎようとするところへ、そのワルたちがザッと整列して「〇〇さん(彼氏の名前)お帰りなさいませ!」なんて言うもんだからびっくり仰天。なんとお迎えの子分たちだったそうで。
なかなか見ないよねぇそんな光景。お姉さんが「そんなの初めてみたからさぁ!こんなことって本当にあるんだ~ってびっくりしちゃってぇ!!」と笑顔でクシャクシャになりながら話していたのを昨日のことのように思い出す。
ところがわたしはといえば、そのエピソードを聞いたあとも全っ然怖い人には見えなくて。今思えばそういう相性の人だったのかもなぁ。きっとそんな気持ちが態度にも出てしまっていたのだろう、自分に臆さず接してくるわたしに対して「お前面白いやつだな」と。「地元にはいないタイプの男だ」と、いたく気に入っていただいたのである。だからこそ翌日、友人宅のお風呂場を一緒に修理することにもなったのだ。
初めてのコーキング
友人宅のお風呂は小さくて薄暗く、そして失礼だが確かに汚れていてもいた。見た目だけでなく、水漏れだったか黒カビだったかの実害が出ていたようで、それをお姉さんから聞いていた彼氏さんは、その修理もかねてこの家を訪れたということらしい。DIYの得意な人だったのか…はたまたそういう職業の人だったのかはもうすっかり忘れてしまった。
翌日「せっかくだからマチダも一緒にやろう!」と声をかけられた時はもちろん二つ返事で承諾、だって自分もこの家にはよくお世話になっていたからね。ホームセンターで材料を買い込んで、お昼ご飯を食べて。お金は全部出してもらってしまった。わたしも出します!と言っても出させてもらえないんだよ。

その日の午後から始めたお風呂の修理作業で、今でも唯一覚えているのが『コーキング』なのである。
詳しいことは例によって忘れてしまったが、とにかく彼氏さんの見立てでは、このお風呂はコーキングがもうダメなんだと。前日にチェックした時からそれがわかっていたらしく、ホームセンターで買ってきたものの中にはちゃんとシリコンコーキングの一式があった。
コーキングってこんな作業MDFボードの自作防音室完成【前編】コーキング
わたしが古くなったコーキングを剥がし、彼氏さんがその跡をきれいに調えた上で新たにコーキングしていく。この時も、また初めて防音室を作った時も、わたしはこういった作業に全く縁のない人間だったから、その作業をする彼氏さんがいかにカッコよく見えたことか。
今わたしが剥がしたばかりの溝に、ピィっ…ときれいにコーキングが充填されていき、みるみる内に見慣れた状態になっていく。それはまるで魔法のようで「おうちってこういう人の技術が集結されてできているんだなぁ」という当たり前のことに気づかされたのもこの時だった。以来、わたしはこうした職人さんたちを心から尊敬するようになったのである。…って、ここまで書いて唐突に思い出した!!確か大工さんだったんだ彼氏さん!!いやぁ思い出せるもんだねえ…通りで上手だったわけだ。
だからこそのコーキング
要するにこの時の記憶がずっとあったんだな。だから防音室の隙間をどうしようか考えた時に、真っ先に思いついたの。あ!コーキングだ!って。

なのでわたしにとってはふと思いついた作戦ではなく、「満を持してのアイデア」だったわけだ。だからこそ、記事には書かなかったが、その時の彼氏さんみたいにできなかったことが悔しかったのをよく覚えている。何事も「見るとやるとじゃ大違い」なのだ。
そういう男にはなれなかったけれど
その日の夜。作業の打ち上げとしてみんなで一緒に夕飯を食べて、そのあとのこと。
このうえ夕飯もご馳走になるわけにはいかない!と、食事がすんだあとに「少しでもいいから出させてください!」とせがんだわたしに彼氏さんが言ったものだ。
「マチダさぁ、今日何回もそのセリフを言ったけど、実は失礼なんだぞ」と。

「…え、いや…だって申し訳なくって…」
何が失礼なのかわからず口ごもるわたしに、やや表情を崩してこう続けた。
「俺はマチダより年上だからいいんだ。年下のお前がそんなことを気にするのは俺の顔に泥を塗るのと一緒なんだから、マチダは気持ちよく『ごちそうさまでした!』でいいんだよ」
「あ…そういうもんなんですね」
わかったようなわからんような。
「もしお前がそれを恩に感じてくれるんなら、それはお前より下のもんに返してやったらいい」
「…!」
「だからもう気にすんな。旨かったか?」
「はい…!ごちそうさまでした!」
か、かっこいい…!!
いやたぶん不必要に美化してはいないと思う。だってこの場にいたメンバーみんなこれで感動したんだから。後々まで話のタネだったんだから「あの時かっこよかったね!」って。そしてこんなやり取りを最後に、彼は颯爽と電車に乗って帰っていった。名古屋周辺で困ったことがあったらいつでも助けるぞ!とも言い残して。
とかく昔のことは全部忘れてしまうわたしだが、この時のやり取りはなぜか鮮烈に覚えていて、今回のように度々思い出しては懐かしい気分にさせられるのである。あれからわたしも結婚し、三人兄弟の父親となり、しかしついに彼のようなかっこよさを手に入れることはできなかった。もちろん、それでいいと思っている。わたしはわたしだからね。
そのあと何年かしてその友人とは疎遠になってしまい、だからそれ以来お姉さんも、彼氏さんも、今ではもう遠い遠い過去の人だ。どこで何をしているとしても、とにかくみんな健康で元気に過ごしていて欲しいと心から願う。