文体が舞い踊る!筆致のワンダーランド – 夢野久作「ドグラ・マグラ」
先日読み終えた夢野久作のドグラ・マグラ。ちょうど本カテゴリ一発目の記事を書いたタイミングで読み始めていたから、およそ2週間ちょっとかかったということだね。わたしの遅読ぶりがこれでおわかりいただけることだろう。
参考ページ本はわたしを映す鏡だ
相当練り込まれたであろうプロットが緻密かつ重層的に織り込まれたサスペンスで、率直に面白かった。中でも一層わたしの興味を惹きつけたのは使用されている文体の豊富さである。
ドグラ・マグラに使われているいくつかの文体をザックリご紹介
ある真夜中、精神病棟の一室にて。
大時計の不気味な音で目を覚ました主人公は自分の名前、出自など一切の記憶を失っていることを知る。隣の部屋からは「お兄様!お兄様!」と泣き叫ぶ女性の声。やがて一人、また一人と現れる奇怪な精神医学博士によれば、主人公はある凄惨な殺人事件に深くかかわっており、その記憶の中にこそ犯人への手がかりがあるという。事件にまつわる様々な資料をひも解きながらそのヒントを探っていくが…というのが大まかなあらすじだ。
正確にはわからないが体感として、この本の半分以上は件の資料を読み進めるパートで占められていたように思う。そして各々の資料にはそれが紡がれた時代・書き手に依ってに様々な文体が用いられており、この違いによる雰囲気の変化を巧みに取り入れている作品だと感じた。
主人公の語り
又叫ぼうとした。……けれどもその声は、まだ声にならないうちに、咽喉の奥の方へ引返してしまった。叫ぶたんびに深まって行く静寂の恐ろしさ……。
奥歯がガチガチと音を立てはじめた。膝頭が自然とガクガクし出した。それでも自分自身が何者であったかを思い出し得ない……その息苦しさ。-夢野久作「ドグラ・マグラ」
この本のメインパートは上掲のような「主人公の語り」という形式で進行していく。
「恐ろしさ…」「その息苦しさ…」「そのキタナラシサ…」「確信にみちみちた……真剣な……悽愴とした…」「そのカッタルサ……やる瀬なさ…」というような、その時の気持ちを直接的に表す言葉が三点リーダーを伴って多用されるのが非常に印象的だ。
その僅かな間に病気を押して、これだけの身支度をして、私が自分の名前を思い出したかどうかを問い訊すべく駈け付けて来る……その薄気味のわるいスバシコサと不可解な熱心さ……。
-夢野久作「ドグラ・マグラ」
この場合「薄気味の悪い」や「不可解な」がそれにあたる。すばしこいことや熱心なことが主人公にとって「薄気味悪く」「不可解」であるということを文脈からではなく単語で直接書いてしまうわかりやすさは、この作品を文学的にということ以上にエンターテインメントとしても楽しんでもらいたいという作者の意図の表れにも見えるのだ。
補足:ただの本好きです
この雰囲気で書き進めていくとまるでわたしが文学に詳しい何者かであるように見えてしまいそうなので一応。わたしは本が好きなだけのただのマチダです。
マチダはこんな人ですこのウェブサイトって?
古い名著が好きでアレコレと読んではいるが、わたしにとってそれはあくまでも娯楽であり学問ではない。なのでウッカリ偉そうな書き味になっていたなら本当にお恥ずかしい限りで、とにかく、当記事は「本が好きなだけのただのマチダ」が書いた所感だということだけはお含み頂きますよう。
歌祭文 阿呆陀羅経
▼ああア――アア――あああ。右や左の御方様へ。旦那御新造、紳士や淑女、お年寄がた、お若いお方。お立ち会い衆の皆さん諸君。トントその後は御無沙汰ばっかり。なぞと云うたらビックリなさる。なさる筈だよ三千世界が。出来ぬ前から御無沙汰続きじゃ。きょうが初めてこの道傍に。まかり出でたるキチガイ坊主……スカラカ、チャカポコ。チャカポコチャカポコ……
-夢野久作「ドグラ・マグラ」
先ほど紹介したメインパートと見比べた時、この阿呆陀羅経が同じ本に登場するとすれば、それは何か限定されたシチュエーションの中で引用的な使われ方をするものと思うだろう、普通は。ドグラ・マグラのすごいところはこの調子で丸々一章を突き進んでいってしまうというところだ。腰が抜けるよ本当に。
▼あ――ア。さても切なや、悲しや、辛らや、それも吾身は露いとわねど、お年寄られた親様はじめ。可愛い吾児の行末までも。生きて甲斐ない一人のために。棄てて介抱するのが道理か。人に迷惑かけないうちに。患者もろとも首でも縊って。一家揃うて死ぬのが道かや。何の因果で斯様な憂き目と泣いて怨めど肝腎カナメの。当の患者はアラレヌ眼付きで。キョロリキョロリとしているばっかり……チャカポコチャカポコ……
-夢野久作「ドグラ・マグラ」
ドグラマグラの主題である精神疾患に関する一節。当時そういう患者が出た家族がどんな大変な目に合うかといったようなことを唄っており、この章はこうした節を重ねていくことで物語が展開していくのだが、数えてみたら全部で70節もあった。やばすぎぃぃぃぃぃ……スカラカチャカポコチャカラカチャカポコ……
なぜか読める文語体
余は初め、この事件に関する報道を新聞紙上に発見するや、極めて稀に存在する夢遊病の好適例に非ずやと思惟して出張したるところ、この直方地方は元来筑豊炭田の中心地に位置し、日本屈指の殺傷事件の本場たり。(以下略
前略)更にこれに縊死を装わしめたるは、一見、浅薄なる犯行隠蔽の手段なるが如きも、実は左に非ず、他の指紋等を消去りたる犯人の行動と比較考慮する時は、その矛盾せる行為の相互間に生ずる一種の錯覚を以て、犯人に対する目星を誤らしめんがために執りたる極めて巧妙なる手段なりと思惟し得べし。-夢野久作「ドグラ・マグラ」
このような文語体もスポット的に数行というわけではなく、物語内に登場する論文・法律文・公用文・新聞の類などはおおよそこの文語体で書かれているので、必然的に登場頻度は多い。
ちなみにわたしは古文の授業が嫌いだった。
古文そのものが嫌いだったわけではなく古文の先生が嫌いだったのだが、そうなると当然古文の先生もわたしのことが嫌いで、卒業間近ともなればもう、わたしが嫌々にする挨拶に対する返事すらなかったんだから今思うと大したものだ。そんなわけでロクに勉強してこなかったにもかかわらず何故か苦もなく読めてしまうという不思議。日本人のDNAがアレしてるんかねぇ。
さらに格式張ってくると仮名遣いがカタカナになり、こうなると話がガラッと変わってくる。
然レバ将来、精神科学ノ諸般ノ学理ガ、一般ノ常識トシテ普及スルニ到ラムカ、同様ニコレヲ応用セル犯罪ガ、旺盛ナル流行ヲ示スベキハ論ヲ俟タザルベク、而シテソノ犯行ノ恐怖、戦慄ニ値スベキ事、現代ノ所謂、唯物科学応用ノ犯罪ノ比ニ非ザルベキモ亦自明ノ理ナルベシ。
-夢野久作「ドグラ・マグラ」
読みにくくない?コレ。正直わたしはめっちゃ読みにくかったけど。ひらがなであれば文語体でも口語体のように感覚で読むことができるのだが、カタカナになった瞬間つっかえちゃってもう…。文章を読むというよりは一文字一文字を繋げて読み進めていく感じ。なかなか大変でしたよこれは。
格調高い漢文訓読体
晨に金光を鏤めし満目の雪、夕には濁水と化して河海に落滅す。今宵銀燭を列ねし栄耀の花、暁には塵芥となつて泥土に委す。三界は波上の紋、一生は空裡の虹とかや。況んや一旦の悪因縁を結んで念々に解きやらず。生きては地獄の転変に堕在し、叫喚鬼畜の相を現し、死しては悪果を子孫に伝へて業報永劫の苛責に狂はしむ。その懼怖、その苦患、何にたとへ、何にたくらべむ。
-夢野久作「ドグラ・マグラ」
物語のキーとなる如月寺縁起の導入部分である。こうなるともうほとんど古文の授業のようだが不思議なものでやはり感覚で読めてしまう。ありがとうDNA。むしろ一語一語を追っていく方が難しくて、まずは感覚的な流し読みで意味を掴んでしまってから、不安定にプカプカと揺蕩っている単語や表現を後追いで調べるという順序で読み進めた。
文体の違い一つで軽々と時代を飛び越え、如何にも古く由来のある縁起を読んでいるという迫力を味わうことができる。文学ってすごいね!
様々な文体が織りなす緻密な物語
ご紹介してきた文体以外にも、かなりのボリュームで語られるM博士の独白パートもまた独特の調子であったり、その中の一部には漢文口調が含まれていたりとそのバリエーションには事欠かない。
そしてその様々な文体で語られる様々なシチュエーション、学術・調査資料、論文、縁起、ひいては遺言書などが緻密なレイヤーとなって重なり合い、紡ぎ出された物語がわたしにとってのドグラ・マグラだ。誤解を恐れず書かせてもらうなら前後左右を見渡そうとすればするほど真ん中(真相)がわからなくなるぐらいのチューニングに見事合わせてあるのが恐れ入る。何年考えたんだろうねコレっていう。
物語そのものの感想については広大なネット様に星の数ほど落ちているのでそちらに委ねるとして、わたしの方はこの辺りでやめておこう。興味が沸いてきた方はぜひ。青空文庫でも読めまっせ。
ドグラ・マグラ文庫版ドグラ・マグラ(上) (角川文庫)
文庫版ドグラ・マグラ(下) (角川文庫)
えあ草紙(青空文庫)版ドグラ・マグラ えあ草紙